第1回 『モロッコ』
監督 ジョセフ・フォン・スタンバーグ
主演 ゲーリー・クーパー、マレーネ・ディートリッヒ、アドルフ・マンジュー
この映画は、1930年、つまり昭和5年に製作されたそうですが、驚くべきことに、今、見てもぜんぜん退屈しません。冒頭、フランス「外人部隊」が太鼓の響きとともに現れる場面から、引き込まれます。この遠い太鼓の響きは、映画の中で何度も重要な役割を果たします。
この映画は、せりふというよりは、むしろ、登場人物のちょっとした仕草や、「鼓笛隊の音」のような音響、砂漠の光が作り出す全体のアンビアンスが、非常に効果を挙げています。
砂漠の光と影のコントラストは、白黒映画の場合、この映画の2年後に製作された「カサブランカ」でもそうですが、すごい表現力を持っています。 せりふは、ほとんど人物の心理を説明しません。主演のマレーネ・ディートリッヒは、あまり長々とは話しません。「ありがとう」とか「あら、ご親切に」とか「もう帰んなさいよ」、そのぐらいです。けれども、金持ちの男からもらう名刺を破るシーン、あまりにも有名な最後のシーンなどで、おそらくは多くの観客にとって忘れられない女性像を表現しています。表情だけで、激しい心理的な動きを表しますが、そのときでも大げさな表情をしません。クールそのもの。説明的なせりふや、泣いたり、わめいたり、で心理を表現するのを野暮とすれば、この映画は、確かに淀川長治さんも言われているように、粋の極致です。ゲーリー・クーパーも、後の「ハイ・ヌーン<真昼の決闘>」や「静かなる男」の西部男と同じで、くどくど自分の気持ちを説明しない。「気が変わった。あばよ」と口紅で鏡に書くのが関の山です。 あと一人の主演、アドルフ・マンジュー演じる、ディートリッヒを愛する金持ち男もかっこいい。やはり「カサブランカ」の、ボガートやフランスの警官クロード・レインズのような「心意気」をもっています。 しかし、結局、この映画を支配しているのは、ディートリッヒです。こうした「クール」で「粋」な女優は、もちろん、その後も現れますが、ディートリッヒのこの映画での迫力は、なかなか超えられないでしょう。
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松永 太郎(まつなが たろう)プロフィール
翻訳家。主な訳書にケン・ウィルバー「進化の構造」(春秋社)、ドン・ミゲル・ルイス「四つの約束」(コスモス・ライブラリー)、ケヴィン・アンドリュース「イカロスの飛行」(みすず書房)など。文学・歴史・映画に造詣が深い