第2回 『ニノチカ』
監督エルンスト・ルビッチ
主演 グレタ・ガルボ、メルヴィン・ダグラス
この映画は、1939年の製作ですが、観ていると不思議な感じに誘われる映画です。ソヴィエト連邦から、3人の人民委員が、花のパリに宝石を売りにやってきますが、うまくいきません。そのため、あとから、そのボスが監視にやってくるのですが、このボスがグレタ・ガルボです。
グレタ・ガルボは、伝説的かつ神秘的な女優で、生涯、インタヴューも、ほとんど受けず、サインもせず、パーティや社交の席にもあまり姿を見せなかった、と言われています。カンヌ映画祭でイギリスの映画担当記者が「I wonder...」と問いかけると、「Why wonder?」と答えて、立ち去ったそうで、これは世界で一番短いインタヴューといわれています。
スウェーデン生まれのこの人の神秘性は、こうした性格や、その高貴な、場合によっては、冷たい「女王」様(実際、女王の役をやっています)のような表情から、ますます、伝説的なものになっていったのでしょう。
「ニノチカ」は、こうしたガルボの神秘性を逆手に取った映画です。この映画の広告では「ガルボ、ついに笑う」とうたわれ、観客も、この女王様がいつ、笑うのか、固唾を呑んで見守ったに違いありません。いかにも、ソヴィエト人民委員といった感じの、おっかないロボットのような女性が、かつての宝石の所有者の大公夫人のボーイフレンド(メルヴィン・ダグラス)に、蕩かされてしまう、というのが見ものとなっています。ダグラスのありったけのくどき文句がおもしろい。
エルンスト・ルビッチ監督は、ハリウッドの洗練をもたらした、といわれていますが、確かにヨーロッパの大人の観客が喜びそうな、「洒落た」台詞に満ちています。日本の小津安二郎にも影響を与えた偉大な監督です。ルビッチなら、どう撮ったろう、というのが、いつも小津監督の頭にあったそうです。
個人的には、この映画を見て、不思議な感じもしたのは、かなりソヴィエトに対して、本当のことを言っていることです。1939年といえば、第二次世界大戦直前、独ソ不可侵条約などがあったとはいえ、まだまだソヴィエト社会主義に対する「夢」があった時代です。後には、ソヴィエトの批判をすれば、反共主義とかファシストとか、レッテルを貼られた時代もあったのです。しかし、この映画はコメディとはいえ「そんなことをすれば、俺たちはみんな収容所行きだ」とか「集団裁判は成功だった、いいロシア人だけがふえるから」とか、結構、きついことを言っています。おかげでソヴィエトでは上映禁止になっていますが、こうした映画が1939年には製作されていた、ということが、なにか不思議な感じがするのです。
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松永 太郎(まつなが たろう)プロフィール
翻訳家。主な訳書にケン・ウィルバー「進化の構造」(春秋社)、ドン・ミゲル・ルイス「四つの約束」(コスモス・ライブラリー)、ケヴィン・アンドリュース「イカロスの飛行」(みすず書房)など。文学・歴史・映画に造詣が深い。