第3回 『桑港』
監督 W・S・ヴァン・ダイク
出演 クラーク・ゲーブル、スペンサー・トレイシー、ジャネット・マクドナルド ほか
この映画
の主題歌で、映画の中でジャネット・マクドナルドが何度も歌う「サンフランシスコ」は、私の母親がよく口ずさんでいたので、今でも覚えています。
1906年、日本では明治39年、夏目漱石が「坊ちゃん」を書いた年、マグニチュード8,3の大地震がサンフランシスコを襲い、
1000人以上の死者を出しました。主題歌の「サンフランシスコ」は、有名な「わが心のサンフランシスコ」(I left my heart in San Fransico)とともに、
この自身の追悼式で毎年、歌われるそうです。
この映画も、その地震がテーマです。サンフランシスコに、その名も「バーバリー・コースト」という有名な歓楽街があります。
これは、映画のなかでは、いわば聖書の「ソドム」であり、悪徳の町です。サロンのオーナーで、神を信じない、
タフ・ガイがクラーク・ゲーブル演じるブラッキー・ノートンです。こいつが本当はいいやつであることは、冒頭の火災のシーンで、
「火の中には、もう誰も残っていないか」と、まわりに尋ねるところに示されます。タフだけれども、その心は優しい、という、
映画や小説のなかでたびたび繰り返される、アメリカの伊達男(死語)です。
そこへ「ソドム」へ降り立つ天使のように、清純な「歌姫」(ジャネット・マクドナルド)が現れ、たちまちゲーブルは恋してしまいます。
映画は、ソドムとしてのサンフランシスコが、地震で壊滅してしまうのですが、マクドナルドが、(神を信じない)ゲーブルの魂を救ったように、
「火は消えたよ!」と、生き残った人たちに告げて歩く、ラストの少年の声に、サンフランシスコの再生の希望が託されています。ゲーブルもマクドナルドも、
若々しく、はつらつとしていて、映画全体が、大災害をテーマにしているにもかかわらず、明るく、希望に満ちたものとなっています。この明るさこそ、
往年のハリウッド全盛期の映画の最大の魅力です。
神を信じなかったゲーブルが、恋人のマクドナルドと再会できたことを神に感謝し、マクドナルドは、生き残った人たちに、賛美歌で希望を与えるという、
最後のシーンは、今もアメリカに強くある「市民宗教」(シヴィル・レリジョン)としてのキリスト教の無邪気な表現です。このような無邪気な、
あるいは無垢な表現は、ポストモダンと呼ばれる21世紀の現在では、不可能でしょう。しかし、この映画が製作された1936年ごろには、
こうした表現は無理なく可能であったし、今見ても「感動的」でさえ、あるのです。
最後に共演のスペンサー・トレイシーが、非常にいい味を出して、後年のゲーブルとの名コンビを予感させていることを付け加えたいと思います。
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松永 太郎(まつなが たろう)プロフィール
翻訳家。主な訳書にケン・ウィルバー「進化の構造」(春秋社)、ドン・ミゲル・ルイス「四つの約束」(コスモス・ライブラリー)、
ケヴィン・アンドリュース「イカロスの飛行」(みすず書房)など。文学・歴史・映画に造詣が深い