第5回 『素晴らしき哉、人生』 1946年(米)
監督:フランク・キャプラ
製作:リバティ・フィルムズ、フランク・キャプラ
脚本:フランク・キャプラ、フランセス・グッドリッチ、アルバート・ハケット
出演:ジェームズ・スチュアート、ドナ・リード、ライオネル・バリモア、ボーラ・ボンディ ほか
フランク・キャプラ監督、ジェイムス・スチュアート主演のこの映画を見ていると「アメリカの神話」ということを感じます。フランク・キャプラは、古き、良きアメリカを撮らせれば、右に出る人はいませんが、このすでに古典となった映画も、その典型となっています。ジェイムス・スチュワートもキャプラの映画に多く主演し、良き時代の良きアメリカ人の代表的な人間となっています。私は、個人的には、スチュアートという俳優が大好きですが、それは、この人がいつも本当のアメリカの理想的な人間を演じるからです。この映画は、アメリカではクリスマスに必ず再放映されるそうですが、それは単にノスタルジックな意味ではなく、ここにある意味では、人間や人生の理想の姿が描かれているからでしょう。
現代の人間は、そうした理想を簡単に信じることはできません。最近もクリント・イーストウッド監督の「チェンジリング」という映画を見ましたが、キャプラと同時代のアメリカで現実に起こった恐ろしい事件を描いたもので、こうした映画は、アメリカの理想と現実のあまりのギャップが明らかになってきた70年代から、どんどん作られるようになって来ました。キャプラのような映画を作るのは、もう不可能だと思わせるのは、アメリカだけでなく、世界中で人間の希望や理想というものが、まったく見失われたからだと感じます。
ジェイムス・スチュアート演じる主人公が、町の人たちの住宅資金を安く貸し出す、そして窮地に陥って、自殺してしまおうとすると天使が、彼のいない世界を見せる、さらには住宅資金の貸し出しを受けた町の人たちが彼を助ける、という、この物語全体が、サブプライム・ローンの失敗や、住宅金融公社のファニー・メイの倒産などが見せ付ける今のアメリカに対して、非常な皮肉になっています。今のアメリカには、ジェイムス・スチュワートのような人はいないで、政府も金融界も、みんな悪役銀行家のライオネル・バリモアのようになっています。金融派生商品などは、この映画のような素朴なアメリカの理想像からは、おそろしくかけはなれたものです。今、仮にこのような映画を作れば、悪い冗談としか受け取られないでしょう。
もちろん天使などどこにもいません。ニューオーリアンズでのような天災がおこれば、貧しい人たちが大被害を受け、保険にも入れないので病院にも行けず、何か得体の知れない理由で戦争を始めてしまうのが、しかも、それをあからさまにしているのが、今のアメリカです。
こうしたアメリカにも、この映画のような理想を求めたときがあった、ということなのでしょうか。それとも、映画を見る人も製作する人もこれはただの夢だ、と最初からわかっていたのでしょうか。
かつてのハリウッドの輝くような夢を、私はもう一度取り戻してもらいたいと、思います。
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第1回 『モロッコ』、
第2回 『ニノチカ』、
第3回 『桑港』、
第4回 『嵐が丘』
松永 太郎(まつなが たろう) プロフィール
翻訳家。主な訳書にケン・ウィルバー「進化の構造」(春秋社)、ドン・ミゲル・ルイス「四つの約束」(コスモス・ライブラリー)、
ケヴィン・アンドリュース「イカロスの飛行」(みすず書房)など。文学・歴史・映画に造詣が深い。
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