第6回 『哀愁』
監督 :マーヴィン・ルロイ
脚本 原作:ロバート・シャーウッド、S.N.ベーアマン
出演 :ヴィヴィアン・リー、ロバート・テイラー
この恋愛映画の古典といわれる「哀愁」で、一番印象深い場面の一つは、恋に落ちた二人が「オールド・ラング・ザイン」(蛍の光)にあわせて踊るシーンでしょう。楽団員がろうそくを点けたり、消したりします。そのたびに画面が暗くなり、また明るくなる、というこの光の点滅は、ワルツのリズムとともに、幸福な時間がいつまでもいつまでも続くような感覚を与えます。
しかし、この光の点滅は、映画のラストで、やはり、はっとするような効果をあげています。それは、ヴィヴィアン・リーが、始めて彼(ロバート・テイラー)に出会った懐かしい橋の上で、赤十字のトラックが通り過ぎていくのを見る場面です。画面では、トラックのライトが光っては通りすぎ、また次のトラックの強いライトが光っては通り過ぎていくので、あたかも点滅するように見えます。ここでは、光と闇の転換は、何か恐ろしい宿命を暗示しているようです。ヴィヴィアン・リーは、光に吸い寄せられるようにして、トラックに身を投げるのです。
このとき観客のほうも、映画のなかのいちばんロマンティックで、一番、幸福(主人公も、観ているほうも)な場面と、一番、悲劇的な場面とが、記憶の中で結びつき、いつまでも忘れられない印象を残すのです。人生で最も楽しい追憶が、それだけ現在の絶望を深める、という劇的な効果を強調しているからです。
このような光の使い方は、白黒映画には独特のもので、今の映画ではできないような効果を挙げています。たとえば映画の古典である「カサブランカ」では、有名なリックのバーが、飛行場の真向かいにあるので、何時も管制塔の回転する光が、バーを照らしては、暗くしていきます。こうして、その場所が、行き場のない人々の集まる一種の刑務所(つねに回転する探照塔からの光に当てられているような)であることを観客に暗示しているのです。また、街灯の光の下で、突然オーソン・ウエルズの顔が照らし出される「第三の男」の光の効果も忘れることはできません。
ヴィヴィアン・リーは、「風とともに去りぬ」の翌年、やはり古典といわれるこの映画に主演しましたが、すばらしい演技としか言いようがありません。ハンサムなロバート・テイラーが、ヴィヴィアン・リーと恋に落ちる英軍の将校を演じています。アメリカの製作者には、おそらくは空襲に襲われている英国に対する応援の気持ちもあったでしょう(まだ、アメリカは参戦していませんでした)。
この映画ほど、まっすぐで、ある意味では、非常に純粋な恋愛映画というものが今は可能かどうかわかりません。しかし、恋愛映画の古典として、いつまでも残ることは確かです。
★ 『哀愁』の番組詳細はこちら
★ 岸仁美のシネマ・レジェンド
★ 松永太郎のシネマ・レジェンド
第1回 『モロッコ』、
第2回 『ニノチカ』、
第3回 『桑港』、
第4回 『嵐が丘』、
第5回 『素晴らしき哉、人生』
松永 太郎(まつなが たろう) プロフィール
翻訳家。主な訳書にケン・ウィルバー「進化の構造」(春秋社)、ドン・ミゲル・ルイス「四つの約束」(コスモス・ライブラリー)、
ケヴィン・アンドリュース「イカロスの飛行」(みすず書房)など。文学・歴史・映画に造詣が深い。
レギュラー番組 『太郎の書斎』放送開始!!!