第9回 『紳士協定』
監督:エリア・カザン
原作:ローラ・ホブソン
主演:グレゴリー・ペック、ドロシー・マクガイア
映画の題の「紳士協定」Gentleman’s Agreement は言葉の響きは良いのですが、ここでの意味は、異なった宗派や人種を締め出そうという「暗黙の合意」のことです。ここでは当時のアメリカ社会における「反ユダヤ主義」(アンチ・セミティズム)をさしています。それが当時の社会においては、暗黙の合意となって存在していた、ということをさしています(今も、これほどなのかどうかは、議論の分かれるところでしょう)。
有名な社会派の監督、エリア・カザンの、当時、非常に話題になった作品です。
グレゴリー・ペックが主人公の雑誌記者を演じています。多分、この雑誌は、たぶん「ニューヨーカー」がモデルで、ここに書くライターは、それだけで非常な名声を獲得します。いわゆるニューヨークの知識人や上流階級といわれる人たちが読む雑誌です。今、そういう人たちが存在しているかどうかは知りませんが、ニューヨーカーという雑誌は健在です。
彼は、「反ユダヤ主義」を、身をもって体験するため、自分をユダヤ人と偽って、その体験を書くことを思いつきます。しかし、思いついて、実行しようとしたとたん、婚約者(ドロシー・マクガイア)とは溝ができてしまったり、アパートでは、いやな顔をされたり、息子も、ユダヤ人と思われて、学校でいじめにあったりしてしまいます。
ここら辺の実態は、反ユダヤ主義を実際に体験していない私などにとっては、想像以上のものです。エリア・カザンは、そうした実態を非常に鋭く描き出しています。とくにペックがホテルのフロントで、「このホテルには(人種・宗教などによる)制限があるのか?」と尋ねる場面は、印象的です。うわべは上品に、紳士らしく振舞いながら、本当は、すごい差別が社会に存在している、ということを見事に描き出しています。アメリカの文学や映画には、いつも社会的な偽善性を憎むという強い力が働いているように思われます。
しかし、反ユダヤ主義の恐ろしさや偽善性などを、ただ、それだけを訴えるのであれば、映画にはなりません。ストーリーと主張がうまく統合されていなければ、ならないわけで、さすがにハリウッドの名監督といわれたカザンは、見せる映画を作っています。しばしばへたな映画などで、主人公が絶叫したり、泣き喚いたりするようなところを、ペックの好演もあって、控えめに抑えていながら、うまく伝わってくるところが職人芸でしょう。それでもアメリカなどでは、主張が強すぎるという批評もあったぐらいで、逆にいかに、この映画のインパクトが強かったか、ということを証明しています。この映画はアカデミー作品賞、監督賞、助演女優賞をとっています。
とくに、この映画ではペックの婚約者役のドロシー・マクガイア、ペックの母親訳のアン・リーヴル、そして、助演女優賞をとったセレステ・ホルムなど共演の女優陣が光っています。婚約者が、自分もまた「紳士協定」を実行している側の一人だった、と気がつく場面が、とてもきれいです。
単に何らかの主張をするのではなく、それをドラマとして、実感のあるものにした、という意味で、非常に見ごたえのある映画です。
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★ 岸仁美のシネマ・レジェンド
★ 松永太郎のシネマ・レジェンド
第1回 『モロッコ』、
第2回 『ニノチカ』、
第3回 『桑港』、
第4回 『嵐が丘』
第5回 『素晴らしき哉、人生』、
第6回 『哀愁』、
第7回 『我等の生涯の最良の年』
第8回 『ジェーン・エア』
松永 太郎(まつなが たろう) プロフィール
翻訳家。主な訳書にケン・ウィルバー「進化の構造」(春秋社)、ドン・ミゲル・ルイス「四つの約束」(コスモス・ライブラリー)、ケヴィン・アンドリュース「イカロスの飛行」(みすず書房)など。文学・歴史・映画に造詣が深い。
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