
歴史上の人物の中で、一番、英国人に愛されているのは、誰かと言われれば、ネルソン提督は、その筆頭に上がるでしょう。
この映画は、そのネルソン提督の恋の物語です。映画もまた、主演も監督も脚本、音楽も、すべて映画の歴史において、伝説的な人々ばかりで作られています。主演のヴィヴィアン・リーは、すでに共演のローレンス・オリヴィエとは恋に落ちていました。この有名な恋物語の配役でも、その比類のない美しさを見せています。
原題は「あのハミルトンという女性」になっていますが、意味が、今一つ、よくわかりません。「美女ありき」という日本語の題は、かつてのハリウッド黄金時代の日本語題名(「風とともに去りぬ」とか「哀愁」とか)が、そうであるように、非常にうまいです。ネルソンの恋人であったハミルトン卿夫人エマは、この題名のように、その美貌と才気によって、イギリス人でありながら、ナポリの社交界で名高い女性でした。当時は外交と社交は一つだったのです。
映画は、ネルソンとエマの恋を主題にしながら、最後に英国の運命を決するトラファルガーの海戦にもっていきます。「英国は、諸君が、その義務を果たされんことを期待している」という、日本で言えば「各員、いっそう奮励努力せよ」と同じような旗を掲げて、戦った海戦です。思えば、華やかな時代もあったものです。
帆船は、人間が作ったさまざまな構築物の中でも、最も美しいと言われています。その黄金時代に、「ヴィクトリー号」とか「アガメムノン号」とか、白鳥のように美しい艦船が戦列を組んで互いに放火を交えるので、映画のクライマックスには、ぴったりです。今だと、宇宙戦艦でしょうか。
むろん、その原作となる海洋小説も、イギリスでは非常に盛んです。なかでも親しまれているのは、セシル・スコット・フォレスターのホーンブロワー・シリーズでしょう。士官候補生のホーンブロワーが、やがて提督に出世するまでのシリーズですが、ホーンブロワーはネルソンがモデルとも言われています。そのすべてが翻訳されています。
最近では、イギリスの作家パトリック・オブライエンが、やはりナポレオン時代のイギリス海軍を主題にしたオーブリー艦長シリーズも、すばらしいものです。これはラッセル・クロウとポール・ベタニーが共演して「マスター・アンド・コマンダー」という帆船映画の傑作となっています。結局、ネルソンの障害は、その恋物語と同様、常に伝説のように語り継がれているのでしょう。
フランス艦隊を、エジプト沖で撃破した海戦のあと、ネルソンは、エマとナポリで再会しますが、あまりにも舞台がそろっていて、作り話であれば、できすぎというところです。豪華な邸宅の窓に立つ恋人たちの彼方には、ヴェスヴィアス火山の煙が上がっています。
このエジプト沖のアブキールの海戦で、フランスは、地中海の制海権を奪われてしまった、と歴史にはあります。オスマン・トルコの支配下にあったエジプトを奪おうとしたフランスの野望が挫折したのです。このときのネルソンの船が「アガメムノン」で、これも非常に美しい船です。「アガメムノン」は、むろん、トロイア戦争での、ギリシャ方の総大将の名前に由来していますが、地中海という人間の歴史の華麗な夢の舞台を駆けるには、ふさわしい名前の船です。
トラファルガー沖の海戦は、ネルソンの率いる英国海軍の大勝利に終わるのですが、ネルソン自身は、狙撃されて、重傷を負い、戦死します。そのほとんどすべての経過が、この映画でも忠実に描かれています。臨終の場面は、有名な絵になっていますが、映画でもそのまま、描かれています。
人生が物語(ロマンス)であった時代、人もまた物語の登場人物のように生きることのできた時代が、ナポレオンの時代ですが、この映画はその雰囲気をすばらしく美しく伝えています。
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第1回 『モロッコ』、
第2回 『ニノチカ』、
第3回 『桑港』、
第4回 『嵐が丘』
第5回 『素晴らしき哉、人生』、
第6回 『哀愁』、
第7回 『我等の生涯の最良の年』
第8回 『ジェーン・エア』、
第9回 『紳士協定』