本当は高くない?
古くて新しいペルシャ絨毯
Miri collection
シアター・ブティックStory放送内容
ホンモノのペルシャ絨毯の魅力をお伝えする番組です。現代のルネッサンスと呼ばれる、伝統的なペルシャ絨毯の復活!!芸術作品ともいえるペルシャ絨毯の模様にこめられた思い、目からうろこの洗い方までペルシャ絨毯の魅力をたっぷりとご堪能ください。

魅せるクッション!!
ミーリー工房のサインも織り込まれています。

イラン南部のカシュガイ族によって織られたパイル織りのクッションです。
ミーリー家が創業175周年を迎えた1995年に完成した新しいデザインの絨毯「ペルセポリス」をクッションにしたもの。「ペルセポリス」は、フィールドを格子で埋め尽くしたもので、100もの正方形の中に異なった様々なモチーフが描かれています。
このクッションにも、絨毯と同じライオンと太陽のモチーフが中央に描かれています。
ライオンは権力と力を、太陽は光と宇宙をあらわすシンボルとして、昔からイランの人々の崇拝の対象として特別な意味を持っています。
昔、イランの王様ケイホスローが美しい女性へ自分の愛を表すためにライオンと太陽という2つのシンボルを一組にしたのが始まりだといわれています。
このデザインは硬貨に刻まれ長い歴史を経てイランのシンボルになりました。ライオンの手に剣が加わったのは、1853年ガジャール朝のファト・アリ・シャーの時代です。この時代から、ライオン、太陽、剣がイランのシンボルとして確立されました。
伝統的なイランのシンボルがふんだんに使われたクッションです。
また、ミーリー工房のサインも織り込まれており、まさにミーリー・コレクションでしか手に入らない逸品です。
世界で評価されるミーリー・コレクションの絨毯
買った値段(以上)で下取りOK!?

ミーリー工房の絨毯は、各地域に伝わる伝統的な文様を、伝統的な手法を受け継いだその地に住む織手たちがつくっています。 しかも、素材となる羊毛の調達から手紡ぎ、草木染め、図案の構成や織りを経て完成に至るまで現場監督が一環して徹底管理。そのため、その品質の高さが保障されているのです。 そして、この品質の高さこそが、世界的に評価されている所以です。有名美術館にも所蔵されています。
見るからに高そうなペルシャ絨毯ですが、ミーリー工房の絨毯は他の絨毯とは違います!! 価格は作家が決定する全世界共通のお値段です。信頼のおける総代理のみがミーリーを販売しています。
さらに、驚きなのは、引越しや改築でいらなくなった、または、買い換えたくなったら、最低でも買った金額で下取りしてくれること。安心して購入できるのはその価値が保証されているからこそ!
100パーセント草木染!!

ミーリー工房のペルシャ絨毯は100%草木染め。もちろん、クッションに使用されている糸も絨毯と同じです。
その素材は茜にジャシール、くるみの皮に藍といずれも防虫効果のある植物が使用されているので、害虫の被害から守ってくれるのです。
まさに、いにしへの知恵が生きています。しかも、染まった糸は何世紀にもわたって色あせしません。
さまざまなモチーフ。絨毯にこめられた意味。

木々や草花、庭園の柄は様式が違うもののイランのどの地域でも見ることができます。それは、イランの人たちに共通する楽園への憧れといえるでしょう。 ペルシャ絨毯のデザインには古代神話が深くかかわっています。太陽の神様はミトラー、水の神様はアナヒタ、木の神様はホルダッドアムシャスバンドとよばれ、永遠の命を持つものという意味です。
糸杉はゾロアスター教のアフラマズダ神の光のシンボルと考えられ、羊を増やす力を持っていると思われていました。
今でもイラン人の方は古い大きな木に祈りをこめて布や糸を結ぶ習慣があります。
アケメネス朝(紀元前550年)のレリーフにも糸杉が刻まれています。聖なる木もペルシャ文化のあらゆるところに登場します。
絨毯には同じモチーフでも、部族、民族、地域によりさまざまな形にデザインされ、それぞれ特徴がありとても興味深いです。

アリ・ソレマニエさん
1948年イランのカシャン生まれ。1964年初来日。京都工芸繊維大学、京都大学で学んだ後イランに帰国。
テヘラン・ポリテクニック大学繊維学部にて教鞭を執る。その後「ギランシルク・インダストリー」にてプロジェクト・マネージャーを9年間務める。ミーリー・コレクションの産みの親であるラジィ・ミーリー氏と出会い、1985年に「ミーリー・コレクション」の総代理店となる千代田トレーディング株式会社を設立。現在に至る。
番組「シアター・ブティック Story #005」では、美しく堪能な日本語で、ペルシャ絨毯の歴史や特徴、果てはそのメンテナンス方法まで、たっぷりと語ってくれた千代田トレーディング株式会社代表取締役のアリ・ソレマニエさん。
若干15歳で初来日以来、ペルシャ絨毯を通じて、まさに日本とイランの架け橋的存在として活躍されてきた人物。ペルシャ絨毯の産地でもあるカシャン地区に生まれ、親子4代に渡り、曾祖父様は同地区の知事も務められたそう。ペルシャ絨毯の復元やその魅力を広く伝え、伝統を継承していくことへの情熱に溢れた人物。 そして長男のアミールさんが5年前より現在のビジネスに参加。やはり伝統や文化というのは人から人へと受け継がれていくものなのですね。

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